大阪地方裁判所 昭和36年(行)74号 判決 1963年10月31日
原告 丸山臣一
被告 大阪府知事・大阪市長
主文
原告の請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告大阪市長が大阪都市計画復興土地区画整理事業の施行として、原告所有の従前の土地である大阪市西区靱中通一丁目三番地の一の土地の換地処分に伴う清算金額を八四万六一六九円となした昭和三六年三月三一日確定の清算金額決定処分を取消し、右清算金額を一六九万二三三八円と変更する。被告大阪府知事が同年八月二四日原告に対し右換地処分に伴う清算金額決定処分に対してなした原告の訴願を棄却した裁決を取消す。訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、
「一、被告大阪市長は、大阪都市計画西地区復興土地区画整理事業の施行者として、原告所有の大阪市西区靱中通一丁目三番地の一宅地二三〇坪七合三勺(以下単に本件宅地という)の換地処分を行うにつき、右宅地に訴外池島秀治こと池島幸治が未登記の借地権を有するものと認めて右宅地につき原告の有する所有権を三二一万三二三九円と評価するとともに右宅地に対する換地一六〇坪につき原告が有すべき権利を二三六万七〇七〇円と評価して、右換地処分に伴い原告に交付すべき清算金の額を八四万六一六九円とした反面、右訴外池島幸治に認めた未登記の借地権を三二一万三二三九円と評価するとともに右宅地に対する換地一六〇坪につき同訴外人が有すべき権利を二三六万七〇七〇円と評価して、右換地処分に伴い同訴外人に交付すべき清算金の額を八四万六一六九円とした換地計画を定め、原告に対しては、昭和三六年二月二三日付をもつて右の事項を通知して換地処分をし、同年三月三〇日その旨を公告したので、右清算金額は、同月三一日確定した。原告は、同被告の右処分に対し同年三月一五日付で、後記二、のとおりの違法事由を主張して、被告大阪府知事に訴願したところ、同被告は同年八月二四日実質上の審査をしたうえ訴願棄却の裁決をなし、原告は、同月三〇日以後に右通知を受け取つた。
二、被告大阪市長の右清算金額決定処分および同大阪府知事の右原告の訴願棄却の裁決は、いずれも、次の事由によつて違法である。すなわち、原告は、昭和二七年九月一六日本件宅地を訴外上田与三右衛門から買い受け、同月一七日所有権移転登記手続を経由したものであるが、訴外池島は、それ以前の昭和二一年二月一日訴外上田から本件宅地を賃借し同地上に建物を所有していたけれども、原告の敷地取得登記前までに右借地権の登記も右建物所有の登記もしていないものであるから、同訴外人は、本件宅地についての借地権をもつて本件宅地の所有権を取得した原告に対抗できない関係にある。したがつて、原告の本件宅地に対する権利は、同訴外人の借地権によつて制限されたものではなく、完全な所有権として評価せられるべきものである。本件宅地の換地処分に伴う清算金額を決定するに当つても、原告の所有権を同訴外人の借地権によつて制限せられたものとして評価することは許されず、原告の本件宅地の所有権は、完全な所有権として六四二万六四七八円に、右宅地の換地につき原告が有すべき権利は、四七三万四一四〇円にそれぞれ評価せられるべきであり、したがつて、右換地処分に伴い原告が受けるべき清算金額は、一六九万二三三八円に決定されなければならない。しかるに、被告大阪市長は、前記一のとおり、本件宅地に対する原告の権利を訴外池島の借地権によつて制限された所有権として評価し、不当に低額な清算金額を決定したものであるから、右処分はもとより違法であり、また原告が池島の借地権につき土地区画整理法第八六条第三項に基き消滅の届出をしていないことを根拠に、右借地権に変更がないものとして、この原処分を是認して原告の訴願を棄却した被告大阪府知事の裁決も亦違法であつて取消されるべきであり、さらに被告大阪市長は、原告に対する右清算金額を一六九万二三三八円に変更しなければならない。
三、なお、訴外池島の本件宅地の借地権は、原告に対抗できないものであるから、右借地権は、土地区画整理法八五条三項によりその移転、変更又は消滅があつた場合において施行者に届出ることを必要とされている権利に該当しないものである。仮にそうでないとしても、本件宅地の借地権者である同訴外人のように、右借地権が原告に対抗できないものであることを争う場合には、原告が同訴外人と連署して、又は同訴外人の証明書を添付して、同訴外人の借地権が原告に対抗できなくなつた旨の届出を前示法条に定めるところによつて施行者にすることは不可能である。現に、原告は、同訴外人に対し本件宅地についての同訴外人の借地権が原告に対抗できないものであることを理由として、本件宅地上にある同訴外人の建物の収去と本件宅地の明渡しを求めて当庁に出訴し、昭和二九年一一月九日原告勝訴の判決の言渡しを受けたが、同訴外人が控訴したため、目下大阪高等裁判所第六民事部に同庁昭和三一年(ネ)第二一四、二四〇、五六二号事件として係属中であるので、未だ前記法条に定める届出をすることができないでいるのである。
四、よつて、被告両名に対し、請求の趣旨どおりの判決を求めるため、本訴に及んだ。」
と述べた。
(証拠省略)
被告大阪市長代理人は、「原告の本件宅地の換地処分に伴う清算金交付額の変更を求める訴えを却下する。原告のその余の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、本案前の主張として、「原告が被告大阪市長に対して清算金交付額を増額変更することを求める訴えは、行政処分の積極的変更すなわち新な行政処分を求めるものであつて不適法である。」と述べ、本案に対する主張として、
「一、原告主張事実中、一の事実(但し本件宅地の換地処分の公告に関する点を除く)および二の事実のうち本件宅地がもと訴外上田与三右衛門の所有であつたこと、本件宅地に他人の借地権がない場合に本件宅地の所有権および本件宅地に対する換地の権利の各評価額がいずれも原告主張どおりの額であることは認める。二の事実のうち、本件宅地に訴外池島の借地権がないという点は争い、その余の事実中本件宅地に対する原告の権利関係に関する部分を除くその余の部分の事実は知らない。
二、訴外池島は、昭和二二年五月一日当時本件宅地の所有者であつた訴外上田与三右衛門と連署して、特別都市計画法施行令四五条の規定に基く土地権利申告書を被告大阪市長に提出した。右申告書によると、訴外池島は、本件宅地に借地権を有しており、右借地権は昭和二一年四月から二〇年間存続することになつているところ、被告大阪市長に対しては、右申告書提出後昭和三七年二月五日現在に至るまでの間、同訴外人の右借地権の移転、変更又は消滅の届出は、何人からもなされていない。それで被告大阪市長は、土地区画整理法施行法六条および土地区画整理法八五条の規定により、本件宅地に対する同訴外人の右借地権には、移転、変更または消滅がないものとみなして、本件宅地の換地処分をなしたものである。したがつて、被告大阪市長の本件宅地の換地処分には、本件清算金額の決定を含めて、何ら違法の点はない。」
と述べた。
(証拠省略)
被告大阪府知事代理人は、本案前の抗弁として、「本件訴えを却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、「原告の被告大阪府知事に対する訴えは、行政事件訴訟特例法二条、土地区画整理法一二七条二項により建設大臣に対する訴願を経たうえでなすべきものであるから、これを経ずに提起された右訴えは、不適法である。」
と述べ、
本案について、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「原告が被告大阪市長および同大阪府知事の各処分を違法不当とする判断は争うが、その余の原告の主張(但し、本件宅地の換地公告に関する点は除く)はすべて認める。」と述べた。
(証拠省略)
理由
一、被告大阪市長が大阪都市計画西地区複興土地区画整理事業の施行者として、原告所有の本件宅地につき、原告主張の清算金を定めた換地計画を決定し、昭和三六年二月二三日付で換地処分を行つたこと、原告が右換地計画の清算金額に対する不服を理由に、同年三月一五日付で被告大阪府知事に訴願したところ、同被告は、実質上の審査をしたうえ同年八月二四日訴願棄却の裁決をなし、同月三〇日以後に原告に対しその通知をしたことおよび原告が右被告大阪府知事の訴願裁決に対しては、建設大臣に訴願をすることなく、本訴を提起したこと、以上の各事実については、当事者間に争いがない。ところで土地区画整理法一二七条二項には、都道府県知事がした処分に対して不服のある者は、さらに建設大臣に訴願することができる旨規定されているけれども、右のように上級庁に対する訴願が二段階存するときは、そのいずれか一方の裁決庁が訴願につき実体的判断を与えた場合には、すでに行政事件訴訟特例法二条に定める訴願前置の要件を具備したものとみるのが相当である。本件においては、被告大阪市長の処分に対し被告大阪府知事が上級庁として実質上の審査をしたうえ訴願棄却の裁決をしていること前記認定のとおりであるから、原告の本件訴えは、訴願前置の要件を充したものというべきである。
二、原告が昭和二七年九月一六日本件宅地を訴外上田与三右衛門から買い受け同月一七日所有権移転登記を経由したこと、他方訴外池島幸治はそれ以前から本件宅地の賃借人として、本件宅地に建物を所有していたけれども、右借地権の登記はもとより、右建物所有の登記もしていなかつたこと、以上の各事実は、被告大阪府知事代理人において自白するところであり、同大阪市長代理人において、明らかに争わないところであるから、これを自白したものと看做す。以上の事実からすると、特段の事情のない限り同訴外人は原告に対して自己の本件宅地に対する借地権を対抗できない関係にあるものといわなければならない。しかしながら、同訴外人は、昭和二二年五月一日特別都市計画法施行令四五条の規定に基き当時本件宅地の所有者であつた訴外上田与三右衛門と連署して、被告大阪市長に対し、昭和二一年四月から二〇年間の期間を定めた賃借権の届出をしたが、その後同訴外人の右借地権の移転、変更又は消滅の届出は何人からもなされなかつたので、被告大阪市長は、土地区画整理法施行法六条および土地区画整理法八五条の規定により本件宅地に対する同訴外人の右借地権には、移転、変更又は消滅がないものとみなして、前記本件宅地の換地処分をなしたものであること(この点は、被告大阪市長代理人のみが主張し、被告大阪府知事代理人の主張はないが、本件の如く原処分の実体上の違法のみを理由にして、原処分と訴願裁決の取消しを求める訴訟は、類似必要的共同訴訟に近似した関係に立つものというべきであるから、被告大阪市長の右主張は、被告大阪府知事に対してもその効力を生ずるものというべきである。)は、当事者間に争いがない。以上の各事実によると、本件宅地に対する原告の権利を訴外池島の未登記借地権によつて制限せられた所有権としてその評価をしたうえ、前記認定の清算金を定めてなした被告大阪市長の本件宅地の換地処分ならびに右原処分を維持した被告大阪府知事の訴願裁決には、いずれも違法の点はないといわなければならない。(原告が本件宅地の清算金額について争つているところは、本件宅地に対する原告の権利を前記訴外人の借地権によつて制限された所有権として評価せられた点にかかり、右所有権および借地権に対する評価額そのものについては、原告において格別異存のないことは弁論の全趣旨からこれを認めることができる。)原告は、原告に対抗できない訴外池島の本件宅地の借地権は、土地区画整理法八五条三項による届出を必要とする権利に該当しない旨の主張をするところ、かりに同訴外人の右借地権が原告に対抗できないものであるとしても、右原告の主張は、同条三項の明文に反することはもちろん、大量の処分が技術的に行なわれることを要請されている換地処分の性質にもそぐわない独自の見解であつて採用することができない。
もつともこのように解すると、借地権者がその借地権をもつて所有権者に対抗できない関係にあるにもかかわらず、前記法条に規定する権利変動の届出をすることに応じず、他方所有権者が借地権の右の関係を証する書類を用意できないときは、所有権者は借地権者との間の訴訟で右借地権の消滅を確定しなければならず、そのための時日を要すること原告代理人の主張するとおりであり、その間に本来は所有権者に交付せられるべきはずの清算金の一部が右借地権者に交付せられることのあることは否定できないが、これは、前判示のとおりの換地処分の技術的性格からしてやむをえないところであり、この点の不都合は、所有権者から右借地権者に対し、同人が交付を受けた右清算金の返還を別途換地手続外で行うことによつて是正することに委ねなければならない(賃借人と称するものに対してなされた換地処分が出訴期間の経過等により不可抗争力を生じても、そのものに私法上賃借権がなければ、これに対する換地所有者の所有権に基く返還請求権は排斥されないのと同様、賃借人として清算金の交付を受けたものに賃借権がなければ土地所有者が清算金受領者に対し、不当利得を理由にして右清算金の返還を求めることもできるものと解すべきである。)。
三、結局、被告大阪市長の本件宅地の換地処分に伴う清算金の決定処分ならびに被告大阪府知事の訴願裁決には瑕疵はなく、右各処分の取消しを求める原告の請求は、いずれもその理由がない。したがつてまた被告大阪市長に対し、右清算金の増額変更を求める請求もまた理由がないものといわなければならない(この点につき、被告大阪市長は、右の如き増額請求は行政庁に対し新な行政処分を求めるもので不適法であると主張するが、原告の訴旨は本件土地の換地処分による清算金額が一六九万二三三八円であることを理由にして被告大阪市長のなした原処分の取消しがなされるときは、右判決の拘束力により被告らは従前の清算金額を増額し、右一六九万二三三八円と定めなければならない拘束を受けることを前提とし、右拘束力の内容を主文において明確ならしめることを要求するにあるものと解せられ、かくの如きは司法の事後審査の原則を逸脱するものではないし、また裁判所に対し新な行政処分を求めるものではないから、右訴えをもつて不適法とすることはできない。)。
よつて原告の請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 金田宇佐夫 安間喜夫 井上清)